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エストニア4

1961年、成功を収めていたエストニア3の更なる性能向上を図ったTOARZはIMZ製のエンジンからチェコスロバキアのオートバイであるESO製の500ccエンジンに載せ換えたモデルを製作することを決めた。その際ギアボックスもESOから引っ張ってきたのも特筆すべき点だが、一番の変更点はボディであった。エストニア3とはまた違った雰囲気、フロント下部がやや絞られたように見える。またエンジン換装によるものかコクピット背後も異なるよ...

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MCAサントナーレ/MIG M100まとめ

まとめMCAサントナーレ:バラビオの夢の具現化。ここで終わっていたらまだ普通の幻のスーパーカーであったかもしれない。プロトタイプは私物のカウンタックからエンジンを取ってきたと知ったときは驚きで目が点に。白い個体はレストランオーナーに売られていたというので二度びっくり。黒についての謎が残ってしまった。MCA GTB:道が狂いだしたきっかけのように見える。サントナーレで大コケした割にこんなもんを作る辺りイタリア人...

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MCAサントナーレ/GTB/ボー・リヴァージュ/MIG M100

モナコ在住でレーシングドライバーとして活動を行っていたフルビオ・バラビオは熱狂的なエンスージアストでもあった。彼は次第に自らの自動車メーカーを興しそこで最も優れたスーパーカーを世に送り出したいと考えるようになる。そこでフルビオは、実業家であり彼の兄でもあるジュゼッペの支援を受けてモンテカルロ・オートモビルを83年に設立した。 ベラージ(イタリアの小規模コンストラクターで、F1参戦経験もある)に在籍してい...

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MCA Centenaire/MIG M100研究

以前書き上げたもののやや謎が残ってしまったMCA/MIG。今一度謎に迫ってみよう。最初に製作されたサントナーレのプロトタイプは赤色との情報が有力である。初期のボディ、そしてバラビオの私物であるカウンタックV12を積んだことを表すようにランボルギーニエンブレムがない。4本出しマフラーも特徴である。こちらのサントナーレは何故かミラーが黒いものになっている。しかしミラー自体は同形状に見え、他の部分も変わるところは...

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エストニア3(その2)

エストニア3はのべ36台量産されプライベーターに販売された。今後からそのような車が増えてくるわけだが、そのような車は一人一人、また一戦一戦の戦績を追うことはせずに特筆すべき大きいレース(主にソヴィエト選手権)、また改良がなされたマシンだけ扱う方向の予定である。ご理解頂けると幸いである。62年にはエストニア3を使うエントラントも増加し、ロシアにも多くが渡っていた。この頃から個人でモディファイを行う例が増えて...

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ソ連モータースポーツ用語集(?)

見慣れない(そりゃそうだ)単語がたくさん出てくるソ連モタスポ。そこでいくらか楽になるように、また自分が忘れないように用語集が欲しい…ので作った。1.TOARZ(TARK)(ТОАРЗ)1957年頃に設立された言わずと知れたレーシングカーコンストラクター。創業者はA.セイラーと彼の従兄弟と伝えられている。本拠地はタリンで、その大半が「エストニア」というシリーズ名を付けられている。60年代始めに1度店じまいしているようで、そのせいで...

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エストニア3(その1)

ソヴィエト選手権の制覇を狙ったTOARZは1と2の2台だけでは戦力が足りないと判断した。そこで2と準同型の3台目のマシンを製作することにした。こうした経緯で完成したのがエストニア3だ。カラーリングが勇ましいが、外観上の相違点はエキゾーストの取り回しと冷却用?のインテークが増設されたことである。サスペンションは前後輪共に独立懸架を採用している。エンジンは変わらずIMZ-M52Sであるが、30hpから35hpへと進化を遂げてい...

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プロフィール

ゆーん

Author:ゆーん
東側諸国モータースポーツとサイエントロジー×モタスポとユーン様を調べているヤツ。ミニカー集めとかレースゲームもたまにします。 Twitter→@Kumaryoong

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