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エストニア・21

1980年、エストニアのレーシングカー・コンストラクターのTARKでは全く新しい試みが始まっていた。
その試みは当時世界中を席巻していたグラウンドエフェクトカーを持ち込んでフォーミュラ・イーストやフォーミュラ3で自社の圧倒的優位を維持しようというものだ。デザイナーに当時TARKのテストドライバーを務めていたラウル・サラプを据えて計画はスタートした。彼はまずグラウンドエフェクトカーの先駆者であるロータスの当時のマシン、81を参考にしてデザインを進めた。


ボディの他にはフロントサスペンションが先代20のアウトボード式からインボード式に改められたがシャシーは相変わらずのチューブラーフレームであり、またエンジンとトランスミッションもそれぞれVAZ-21011とZAZ-968用となっている。
空力面ではいわゆるウィングカー構造を採っているが詰めが甘く、リアの跳ね上がりが始まる位置が早すぎ、跳ね上げが急すぎというものになっている。よって極端なオーバーステア挙動を示すマシンになり、対応策としてフロントウィングは装着していない。



作業は意外にも早く進み何と同年の夏には完成にまでこぎ着けることが出来た。81年をテスト期間にまわし82年、満を持してフォーミュラ・イーストに参戦した。ドライバーはラウル・サラプ自身である。




新機軸を抱えた新車でありながらサラプは表彰台を獲得しながらシーズンを進めシリーズ3位という好成績を収めた。翌年にはVAZ-2106エンジンを搭載したF3型(これは後日解説するエストニア21Mという改良型である)も登場しトーマス・ナパが全勝という圧倒的な勝利を上げている。
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プロフィール

ゆーん

Author:ゆーん
東側諸国モータースポーツとサイエントロジー×モタスポとユーン様を調べているヤツ。ミニカー集めとかレースゲームもたまにします。 Twitter→@Kumaryoong

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