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ハイテクの鎧 ―ドイツで咲いた「近代戦車」―(中編)

91年、後のDTMの運命を決める決断が行われた。それは93年からグループAからクラス1規定を導入することであった。
当時FIAが定めたグループAに代わるツーリングカー規定としてクラス1規定とクラス2規定があった。DTMは前者を選択した。
この決断の理由はややハッキリしないが、クラス2は2LNAエンジンのためメルセデスがエンジンを作りづらかったので2.5LNAのクラス1を選んだのではないか。当時のDTMはメルセデスの思惑が多分に影響していた。

しかし、DTMを待っていたのは苦難だった。まずは先に書いた通りアウディが撤退。アウディはクラス1規定に沿って80を開発していたが結局はお蔵入りとなった。続いてBMWはというと新型E36 M3の参戦が認められず出場を諦め好成績をあげていたクラス2に注力することを決めたのだった。また細々と参戦していたオペルもこれを好機と見てカリブラを引っ提げ93年から本格的なワークス参戦することを表明していたが、マシン開発が進まずライバルも少ないと見て参戦を延期した。これによりDTMは存続の危機に陥っていた。

困り果てた主催とメルセデスがコンタクトを取ったのはCIVTで活躍していたはるかイタリアのアルファロメオだった。91年9月、アルファロメオはドイツでテストを行った。好感触を得たアルファロメオは92年1月に参戦を決定、翌月にはマシン開発をスタートさせた。

こうして出来上がったマシンがDTM史に残る名車155V6TIだった。まずはこちらを見ていただきたい。


およそツーリングカーとは思えぬ外観である。ここでクラス1の規定を記しておこう。

ボディはホイールアーチを除きホイールセンターより上は空力付加物を装着することは認められなかった。全長、全幅はベース車の3%増しまで認められたが、リアウィングはベース車の数値からはみ出してはならず、さらに真横から見た際取り付け点含めて20×20cmに収まるものと制限されていた。ボディ外板は基本的に自由であり、普通はカーボンファイバーが用いられた。

エンジンに関してはかなり自由であった。基本的に2.5LNAで6気筒以下でメーカーが年2500基作ってるものであったら何でも搭載できた。また、シリンダーの増減が2気筒まで認められており、4気筒や8気筒からも6気筒を作れるということである。
特筆すべきは「市販されてるエンジンのラインナップにベースとなる形式があればOK」というものである。例えばアルファロメオなら「164にある60°V6という形式のエンジンを搭載できる」ということなので、言い換えれば「60°V6のレーシングエンジンを開発して搭載してもよい」ということなのだ。恐ろしく寛容だ。
中身もベースからブロックの材質を変えない、チタンを使ってはダメということ以外はほぼ制約なく手を加えることが出来た。…ツーリングカーと言ってよいのだろうか。

トランスミッションは当初はセミオートマを禁じていたが、95年から解禁された。93年はHパターンが主流で94年にシーケンシャルが一般的となった。また当初からTCSが許可されているのもポイントと言える。

サスペンションについては前後ともにベース車の形式さえ変えなければ基本的に何でもありとなっている。これだけでも中々だが95年からはなんとフリーハンドでもよいと緩和された。さらにアクティブサスペンションも許可され93年からメルセデスが投入している。

ブレーキに関してはカーボンローターこそ禁止されているが、大容量のレーシングパーツに変更ができる。またABSも当然許されている。

155V6TIはハイテクこそ搭載しなかったが、その極めてレベルの高い設計でメルセデス勢を圧倒した。そのメルセデスはシリーズ開催が危ぶまれたためにCクラスを投入する計画を凍結させ、とりあえずは190Eを改良した190E/C1を投入した。間に合わせにしては健闘したが、力不足は否めなかった。またオペルが最終戦にカリブラを投入している。


翌94年、メルセデスは遂に本命Cクラスを投入した。このマシンは新設計のV6を搭載し、420psを発揮していると言われた。さらに熟成されたABSに加えてアクティブサスペンション、TCSまで搭載されるという豪華ぶりであった。連敗は許されない― その心意気がムンムンと滲み出ていた。


一方アルファロメオも胡座をかいていたわけではない。94年型155V6TIは正常進化を遂げていた。
420psのパワーは数値上は変わらないが、中域トルクが太らされて扱いやすさが向上したことに加え、エンジン自体を軽量化し15kgのシェイプアップに成功している。またABSを搭載し、アクティブサスペンションも採用している。このアクティブサスペンションはマクラーレンのF1マシンにも使われていたTAG製である。



新勢力オペルは唯一のクーペ、カリブラを投入する。93年に登場したマシンと比べボディが非常に戦闘的な印象を与える。4WD+ABSの組合せの先駆けであったが94年は常に信頼性に悩ませられることになる。エンジンチューンをコスワースが担当してるのが大きなポイントである。



94年はこの3勢力が大激戦を繰り広げる。オペルは駆動系の信頼性に欠け非選手権の1勝しかあげられなかったが、メルセデスが9勝、アルファロメオが11勝をあげた。しかしタイトルはシーズン通して安定した戦績を見せたメルセデスAMGのクラウス・ルードヴィヒが獲得した。

翌95年、DTMはさらなる進化と破滅への道を進み始めた…。
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ゆーん

Author:ゆーん
東側諸国モータースポーツとサイエントロジー×モタスポとユーン様を調べているヤツ。ミニカー集めとかレースゲームもたまにします。 Twitter→@Kumaryoong

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