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エストニア4

1961年、成功を収めていたエストニア3の更なる性能向上を図ったTOARZはIMZ製のエンジンからチェコスロバキアのオートバイであるESO製の500ccエンジンに載せ換えたモデルを製作することを決めた。その際ギアボックスもESOから引っ張ってきたのも特筆すべき点だが、一番の変更点はボディであった。



エストニア3とはまた違った雰囲気、フロント下部がやや絞られたように見える。またエンジン換装によるものかコクピット背後も異なるように見える。このモディファイはクーパーT42を参考にしたようだ。


これがクーパーT42だ。確かにフロントのラインはやや似ているように見える。

61年末に完成したエストニア4は62年の「ソサイエティ・プライズ・「カレフ」」にJ.Kyuyunemyaeの手により参戦した。だが結果は思わしくなく、3周でリタイアを喫した。

続いて参戦したのはソヴィエト選手権開幕戦。ここでも好結果が期待されたが、僅かに2周でエンジンが息絶えてしまった。第2戦は出場したかどうかも不明であった。

次に残っている出場記録は翌年に飛んで63年のソヴィエト選手権第2戦ミンスクであった。ところがここでも早々に戦線離脱してしまう。このような酷い状況にTOARZはうんざりし始めていた。

こうしてエストニア4は先のソヴィエト選手権をもって一切の開発も走行も放棄された。その後は不明であるが、スクラップにされたものと思われる。完璧を弄っても、それ以上のモノは出来ないものである。


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プロフィール

ゆーん

Author:ゆーん
東側諸国モータースポーツとサイエントロジー×モタスポとユーン様を調べているヤツ。ミニカー集めとかレースゲームもたまにします。 Twitter→@Kumaryoong

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