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エステック884

1986年、何とソ連と西ドイツでジョイントしたコンストラクターが起こった。エステック(Esttec)というそのコンストラクターは最初にスカンジナビア・フォーミュラ4(この選手権、調べても詳細が出ません…情報求む)に照準を定め早速マシンデザインを進めた。デザイナーはお馴染みのラウル・サラプである。
サラプは既にフラットボトムマシンである24をデザインしており、今回のF4マシンも24をベースにすることを決めた。アルミモノコック採用もその一つである。

24との最大の違いはソ連のパーツをあまり使用していないことである。フォーミュラ4の規定に合わせてエンジンをゴルフGTI用のものに、ミッションはヒューランド製、ショックアブソーバーはビルシュタイン、ブレーキはAP、タイヤはエイボン…我々も聞き慣れたメーカーである。

マシンは89年に完成した。「884」と名付けられたこのF4はO.バナセルヤの手によってインターナショナル・ノルディック・バルチックカップで勝利を上げる幸先よいスタートを切った。

翌90年にはさらに5台製作され、バナセルヤ始めとする北欧勢4名と「チーム・キヌーネン」と称するフィンランドとエストニアの合同チームの2名(T.ナパとV.ペントゥス)に託された。そしてこの年のスカンジナビアンF4は写真のゼッケン20、T.シモンが制したのであった。
その後、884は数台がフィンランドに売られ地元ドライバーの手によって国内選手権に97年まで出てたようである。しかし最高位はP.アンダーソンの4位(92年)と低迷し1台がエストニアで現在展示されているのである。
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ゆーん

Author:ゆーん
東側諸国モータースポーツとサイエントロジー×モタスポとユーン様を調べているヤツ。ミニカー集めとかレースゲームもたまにします。 Twitter→@Kumaryoong

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